表札
自分の住むところには
自分で表札を出すにかぎる。
自分の寝泊りする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことがない。
病院へ入院したら
病室の名札には石垣りん様と
様が付いた。
旅館に泊っても
部屋の外に名前は出ないが
やがて焼き場の鑵にはいると
とじた扉の上に
石垣りん殿と札が下がるだろう
そのとき私がこばめるか?
様も
殿も
付いてはいけない、
自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る。
精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん
それでよい。
『表札など』より
—※引用した詩は石垣りん『表札』
夏は自分一人でつかむもの。夏とは、自分一人で別れるもの。 — 声をなくして|永沢光雄(文春文庫)
初めての強烈な読書体験といえば、ロアルド・ダールの「チョコレート工場の秘密」である。文字通り、夕飯を食べるのも忘れて読み耽った。(中略)しかも、訳は田村隆一である。今読み返してもぞくぞくするような、ものすごい名訳なのだ。
三月は深き紅の淵を|恩田陸 (講談社文庫)
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チョコレート工場の秘密|ロアルド・ダール (てのり文庫 (566C008))
そして「グレート・ギャツビー」はその後ずっと 僕にとっては最高の小説でありつづけた。僕は気が向くと書棚から「グレート・ギャツビイ」をとりだし、出鱈目にページを開き、その部分をひとしきり読むことを習慣にしていたが、ただの一度も失望させられることはなかった。一ページとしてつまらないページはなかった。なんて素晴らしいんだろうと僕は思った。
ノルウェイの森|村上春樹 (講談社文庫)
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グレート・ギャツビー|フィッツジェラルド (新潮文庫)
停学中に旅をして、そのとき入った本屋で、植村直己さんの『青春を山に賭けて』に出会った。植村さんの名前も当時はほとんど知らなかった。小学校のときに、教科書に出てきたのをなんとなく覚えているという程度だ。
別に山の本を探していたわけじゃない。小学校のときから冒険ものは好きで、『ドリトル先生航海記』や上温湯隆さんの一生を追った長尾三郎さんのノンフィクション『サハラに死す』などをよく読んでいた。
植村さんの本を読んで驚いたのは、彼も落ちこぼれだったということ。決してスーパースターじゃない。日本を脱出してアメリカで不法労働でつかまり、小心者のくせにフランスでスキーもできないのにできると嘘をつく。自分がエベレストに登ったときは、同じチームでアタックできなかった他の人たちに申し訳ないと悩んだり、とても繊細な人だということが分かる。
植村さんは、決して強い人じゃなかった。それなのに、なんだかんだと言いながら夢を実現していく強さ。世界中を旅しながら、必死で生きている姿があった。
完全に「植村直己」という個人の名前で生きている。
僕はこの本の影響をとても強く受けた。こういう人もいるのかと新鮮だった。
確かに生きる 落ちこぼれたら這い上がればいい|野口健 (集英社文庫)
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青春を山に賭けて|植村直己 (文春文庫)
それに、人間にとって成功とはいったい何だろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。
夢がたとえ成就しなかったとしても、精いっぱい挑戦した、それで爽やかだ。
— 自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか |岡本太郎(青春文庫)
「最後だとわかっていたなら」
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう
あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして わたしたちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
文庫本を選ぶときに、僕がよくやるのが本の最後にある「奥付」を見る方法だ。ここを見て多くの版を重ねていて、なおかつ「照明焼け」していないものを選ぶのだ。「照明焼け」をチェックするのは、よく回転しているかどうかを確認するためである。
僕がこの方法でたどりついたのは『白昼堂々』(結城昌治 著 光文社文庫)。
いわゆる悪漢小説だが、面白くて、笑いがあって、スリルもある。一九六六年とかなり前に書かれた作品だが、今売れているベストセラー作品と比べてみても、まったく見劣りしない。
本のある生活 ―本活のすすめ|財津正人(コスモの本)
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白昼堂々|結城昌治 (光文社文庫)
余計な荷物を捨ててしまっても、人生には残るものがある。それは気持ちよく晴れた空や、吹き寄せる風や、大切な人のひと言といった、ごくあたりまえのかんたんなことばかりだ。そうした「かんたん」を頼りに生きていけば、幸せは誰にでも手の届くところにあるはずだ。 — 40 翼ふたたび|石田衣良 (講談社文庫)
明けがた、妻の眠るベッドの横にそっと滑りこみながら喜一は考えた。四十歳になって、ようやく切なさとともにわかった。世紀の大恋愛より、爛れるような欲望よりも、退屈で平凡な日常は強い。現在進行形の恋などより過去の恋愛の幽霊のほうが、人の生きかたを重く深く縛るのだ。 — 40 翼ふたたび|石田衣良 (講談社文庫)