本が教えてくれたもの
余計な荷物を捨ててしまっても、人生には残るものがある。それは気持ちよく晴れた空や、吹き寄せる風や、大切な人のひと言といった、ごくあたりまえのかんたんなことばかりだ。そうした「かんたん」を頼りに生きていけば、幸せは誰にでも手の届くところにあるはずだ。
 明けがた、妻の眠るベッドの横にそっと滑りこみながら喜一は考えた。四十歳になって、ようやく切なさとともにわかった。世紀の大恋愛より、爛れるような欲望よりも、退屈で平凡な日常は強い。現在進行形の恋などより過去の恋愛の幽霊のほうが、人の生きかたを重く深く縛るのだ。
「それでなくても忙しいんだから、趣味や遊びにつかう時間なんかない」と考える人は多いけれど、人生を愉しむ時間というのは、忙しい時ほどかえって必要なんじゃないだろうか。〈すべきこと〉だけでなく〈したいこと〉があればあるだけ、日々を生きる気持ちには張りが生まれる。何であれ、「○○があるからもうひと頑張りしよう」と思えるものを持つのは、大切だし幸せなことだと思う。